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シーン5 太田村の日々

昭和20年8月15日

昭和天皇が、戦争の終わりを告げる

ラジオ放送が、流れました。

その放送を、光太郎は、花巻で、聞きました。

東京のアトリエを、焼け出された光太郎は、

亡くなった宮沢賢治の父たちのすすめで、

花巻の宮澤家に疎開していたのです。

日本はアメリカの占領下に入り

戦争を進める役割をした人は

「戦犯」として裁判が始まり

戦争中に書いた光太郎の詩も問題になっていました。

 

確かに、僕は戦犯とされても、しかたがない。

僕の詩を読んで、死んでいった人たちがたくさんいる。

たとえ、裁判にかけられなくても、

僕は、自分で自分を罰しなくてはならない。

光太郎は、花巻からさらに山奥の

太田村のそまつな小屋で、一人暮らしを始めました。

湿気が多く、夏は、むしぶろのような暑さ

冬は、壁の隙間から、ふきこんだ雪が

寝ているふとんに、うっすらと

積もるようなところです。

 

先生、郵便だよ。

 

耳当てのついた帽子を、雪まみれにした

小学生の男の子が元気よく入ってきました。

一番近い家まで、数百メートル。

郵便配達の人も、分教場までしか届けてくれません。

分教場に通っている隆が届けてくれるのです。

 

おお、隆君、いつもすまないね。

さあ、雪をはたいて上がりなさい

ちょうど干し芋を炙っていたところだ。

 

わあ、先生、ありがとう。

なあ、先生、先生は、とってもえらい先生なんだべ?

なして、こんな山の中さ、引っ越してきたんだべか?

 

僕は、戦争中、間違いを犯してしまったからね。

だから、ここに、一人でとじこもって

自分に罰を与えている

って言ったら、この村の人たちに失礼かな。

 

そんなもんかなぁ…。

先生は彫刻家なんだべ?

だけんど、木を彫ったり

粘土をいじったりしているのを、見だごどねえなあ。

 

僕は彫刻家だから

自分を罰するために

今は、彫刻をやめているんだ。

ただ、ここに住んでいるだけでは

罰にならないからね。

 

なんだか、よくわがんね。

先生、ごちそうさま。さいなら。

 

隆は、また元気よく飛び出していきました。

 

その夜、膝まで雪にうまりながら

小屋の近くの林の中の道を、光太郎が歩いています。

 

やっぱり、吹雪になったか…。

あ、あれは?

 

光太郎の目の前で、渦を巻く雪が

だんだんと人の形になっていきます。

白い着物姿の女の人です。

 

雪女か?

 

ホホホホホ。

 

雪女は、真っ暗な空を飛び回っています。

 

立ち尽くしていた光太郎は

目の前につもった雪を、手ですくい

彫刻を作るように

雪女のすがたを、作り始めました。

 

ホホホホホ。

 

雪女は、笑いながら、さっと身をひるがえし

森の奥に消えて行きました。

 

まて、まってくれ!

 

しかし、見えるのは、あれくるう吹雪だけです。

 

はっ!

 

気が付くと、目の前にあるのは、囲炉裏の火。

 

パチン、と音を立てて、囲炉裏のまきが、はぜました。

 

夢か…。

 

彫刻を、作りたい…。

 

 

ここで、時計はようやく

この物語の始まりに追いつきました。

光太郎と心平が、小屋の中で黙って向かい合っています。

 

あれっ? 高村さん

茶わんがひとつ多くありませんか?

 

ああ、これ、智恵子の分。

 

智恵子さんの?

 

そんな顔をしないでくれたまえ。

 

智恵子は死んでしまったけど

元素にかえって

ここで、僕といっしょにくらしているんだ。

 

高村さん…。

 

そろそろ、自分も七十歳だ。

七十をこえたら、ほんとうの仕事をする。

僕はね、「智恵子観音」を、作ろうと思っているんだ。

 

「智恵子観音」?

 

僕は、ちゃんと、仏教を信じているわけではないから

拝む仏像ではない。

もっと、何というか

この人間の世の

愛とか、美とか

そういったものの、シンボルみたいなもので…。

そう考えると、どうしても

僕にとっては、智恵子のすがたになるんだ。

 

つまり、智恵子さんのすがたを

彫刻で作ろうというわけですか?

 

そういうことになるね。

 

いいじゃないですか。

やりましょうよ、高村さん。

 

でもね…。

 

何ですか? 何か問題でも?

 

ここで作れないなら、東京に…。

 

あっ!

 

そう…。

 

僕は

まだ、戦時中の自分の罪が、

許されたとは、思っていないんだ。

 

高村さん…。

 

心平の胸にも、そして光太郎の胸にも、

智恵子のすがたが、うかんでいました。

 

十和田市

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