十和田市と馬の歴史について⑥

前回に引き続き「十和田市と馬の歴史」についてご紹介します。

前回掲載記事

「十和田市と馬の歴史について⑤」はこちら

日清戦争(1894年-1895年)、日露戦争(1904年-1905年)と続く戦争において、軍馬は武器として需要が増していきました。

太平洋戦争の頃になると飛行機をはじめ化学兵器の増産が急務とされ軍馬は兵器としての役割が薄れましたが、太平洋戦争終戦後の1946年(昭和21年)には軍馬補充部の解体により軍馬としての需要は途絶えてしまいました。

その為、馬産家は目標を失って混乱し、これまで飼っていた馬を役立てるか困っていました。

官庁街通りにある馬をモチーフとしたマンホール
位置情報 google maps

当然、馬の数は減っていき昭和20年代には1万頭前後も飼育されていた馬が、それから20年後の昭和40年代にはわずか100頭余りになってしまいました。

このように太平洋戦争後は、軍馬、農耕馬としての馬は、機械に役目を譲り、姿を消してしまいました。

そして、それまでの馬が中心の産業が衰退し、現在では、牛、豚中心の畜産業へ移行していきます。

また、軍馬補充部用地の解放によって、約4,000へクタールの広大な軍用地が使用できる事になった三本木町では、都市計画に乗り出し札幌市をモデルとして76ヘクタールに及ぶ区画整理を行い、軍馬補充部正門道路に幅36メートル、長さ1キロメートルの街路を作り「官庁街通り」として、さらに商業地域、住宅地域の指定など、町民の都市化への夢を膨らませていきます。

軍馬補充部があった官庁街通り
現在では十和田市現代美術館を代表する美しい街並みを築いている
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そして、広大な用地を都市計画の実現を進展させ、多くの用地に多数の帰農者を収容し食料基地として発展させていきました。

1町3村に渡る約4,000ヘクタールの旧軍用地のうち、700ヘクタールを開田に充て、2,500町歩を開畑に、残りを宅地や防風林などにする計画を立て、旧軍用地の8割を農業に利用しようと移行していきます。

このように、三本木原台地を開拓した新渡戸傳は、奥入瀬川から流れる河川「稲生川」から流れる水を農水路として利用できるようにした歴史があり、

その流れる水と軍馬補充部の解放された土地を利用し、田畑をつくり、現在では、全国でも有名な農畜産物の生産地域へと変貌を遂げました。

そして、軍馬補充部があった中心部は整備を行い、現在の官庁街通りとなりました。そして現在では十和田市現代美術館を代表する美しい街並みを築く十和田市へと発展していったのです。

次を読む

「十和田市と馬の歴史について①」はこちら

「十和田市と馬の歴史について②」はこちら

「十和田市と馬の歴史について③」はこちら

「十和田市と馬の歴史について④」はこちら

「十和田市と馬の歴史について⑤」はこちら

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