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十和田かるた1977-カテゴリー: ま行

も-もっこかついでの矢神の穴堰-十和田かるた1977

もっこかついでの矢神の穴堰

穴堰 – 三本木原開祖新渡戸伝翁が、稲生川掘削工事で最も苦心したのは穴堰(隧道) であった。 穴堰は鞍出山 (矢神)、 段の台山の2か所である。鉄槌と鑿を用いて掘った ずり (土) を、繩で作ったもっこで穴堰の入口、 出口及び横穴から運び出した。安政6年(1859) 5 月4日に上水完成した。

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め-めざすは田園文化都市-十和田かるた1977

めざすは田園文化都市

田園文化都市 – 昭和46年(1971年)10月に市勢発展の基本構想を制定し、昭和60年(1985年)における発展の三本の柱の一つとして「田園文化学園都市」を掲げている。この理想の姿として、生産のための田園と公害のない工場が調和のとれた いわゆる農工併存の好環境のもとで全市民が勉学に勤しみ、かつ教養などを育むことができる、知的文化的水準の高いまち

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む-昔をしのぶ松並木-十和田かるた1977

昔をしのぶ松並木

松並木 – 万延元年(1860年)、開拓状況を視察した盛岡南部40代藩主・利剛が、用水堰に稲生川、奥州街道に渡した橋を稲生橋、さらに新しくできた街を稲生町と命名し た。 その稲生町の開墾に伴い防風雪などのために植えられたのが、この松並木である。植えた個所は金崎林4か所、小野林10か所、寺向林 5か所、小稲林10か所、 木ノ下林5か所、谷地田向林、

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み-三木野が原を電車が走る-十和田かるた1977

三木野が原を電車が走る | 十和田観光電鉄株式会社

電車は昭和26年(1951年)6月20日に電化され、十和田市から三沢市まで15kmを25分で運転している。電車開通当時の沿線は広々とした水田地帯であったが、年々住宅、 学校等が沿線に建ち並び、昔の面影を失いつつある。昨年は電化25周年を迎えたが、今後も変わることなく赤とクリーム色の電車が市民の足として走り続けることだろう。

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ま-真登地にのこる一里塚-十和田かるた1977

真登地にのこる一里塚

真登地の一里塚は、十和田市街地から国道4号線を北に4km余りの所にあり「ニモリ」の俗称で親しまれている。規模は、地積 98.91㎡、高さは4mある。この一里塚は、昭和30年(1955年)代に一基を失っている。ここより北の池ノ平に所在する県史跡指定の一里塚と1丁目交差点付近にあった一里塚を4.6km前後で結ぶ貴重な一里塚である。当地方では一里塚に、エゾエノキを

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