産馬通りは懐しや 2026年2月16日 産馬通り 三本木セリが始まると太素塚境内から現中央停留所までの両側に小屋掛けの茶店や衣類店、下駄屋等が建ち並び全国から集まった馬喰や流し三味線で 茶店は賑わい、 衣類店や下駄屋は正月の着物や下着または翌年のお盆用の下駄を買う人達で賑わいをみせていた。当時、三本木畜産農業協同組合を産馬組合と呼称しており、産馬組合のセリ市が開かれて栄えた通りである。 詳しく見る »
千才森にキツネの伝説 | 千歳森稲荷神社 2026年2月16日 千歳森の狐 広々とした三本木原野には、狐しかすまなかったと伝えられている。その中で最も勢力のあった「千歳森のおせん」は、他の親玉格の狐達と共に、時には三本木平を大海原に変え、時には大名行列に化けて、通りかかる商人達に足止めをくわせたという。度重なる”いたずら”にたまりかねた商人達は新渡戸氏に相談して、社を建て正一位を贈って千歳森稲荷を祀った。 伝翁が稲生川を 詳しく見る »
流れ豊かな稲生川 2026年2月16日 稲生川 – 安政2年(1855年)、新渡戸伝翁は三本木原開拓のため、稲生川開削の大事業に着手、十和田湖を源水とする奥入瀬川から上水するために2穴堰、4,160mを掘り抜き、陸堰は、矢神と三本木まで、6,147m を掘り上げ、約5年後の安政6年(1859年)5月4日、稲生川上水に成功した。 全長8,388m、十和田市八郷地区で国営幹線水路と合流し、 詳しく見る »
世に知られたり三本木せり 2026年2月16日 三本木セリ – 明治18年(1885年)、陸軍軍馬育成所(軍馬補充部三本木支部) が設置され、民間から軍馬として買上げて以来、三本木地方は馬匹の生産地として軍馬、農耕馬、 役馬、競争馬等の名馬を多く出した日本屈指の馬産地である。 最盛期には約200頭の幼駒がセリ売りされ、馬主の家族、馬商、その他の群衆でお祭り騒ぎの賑わいをみせた。 また、セリ市に 詳しく見る »