十和田かるた 1977
四和ダム – 十和田市最南部を東流する後藤川は、地域住民の命でもある。昔の人はこの川を「宝の川」と言っていた。しかし、この川は時には氾濫し、大洪水となり、生命、財産をも一瞬にして奪い去ることが度度あった。地域の人達は、これを天災としてあきらめていたが、天災から脱する手段として、昭和25年(1950年)、ダム建設に着手、10年間の歳月と26,700万の工費をかけ、昭和35年(1960年)防災ダムが完成した。当時は今のように建設機械が発達しておらず、ほとんどが人力により造られたもので、ダムの高さ22m・長さ121m、 満水の貯水は82万トン、水面積11ha となる。このダムは、全体にいろいろな種類の土が使いわけられているが、こういう型式はゾーンタイプアースダムとよばれている。このダムの完成により水害による災害はなくなり、しかも水田のかんがい用水に利用されるなど、今では「宝のダム」となっている。
掲載内容は、昭和52年(1977年)当時の内容です。
現在の状況と異なる場合があります。
当時の情景がわかる歴史的資料としてご参考ください。