ロングロングのアーケード | 商店街

アーケード – 商店街はその街の「顔」と言われる。 昭和39年(1964年)5丁目に325m建設されたのが始まりで、その後6丁目へと連鎖的に建てられ1丁目から8丁目まで延2,000mと続き、 東北有数のアーケ […]
老いの楽しみ憩いの家

憩いの家 – お年寄りの方の健康管理やレクリエーションなどの場として昭和47年開設されたもので、建物の構造は木造二階建で和室、大広間、相談室、調理室、浴室、売店などがある。浴室は男女別で、一回にそれぞれ20人 […]
法身禅師の法蓮寺

法蓮寺 – 法身国師は鎌倉時代の人で、常陸国、真壁(現在の茨城県)の出身である。彼は宋に渡り、厳しい修業ののち名僧となり、帰国し国師になった臨済禅宗の傑僧で、松島の瑞厳寺の中興の祖として知られている。洞内館主 […]
はんらん防いだ四和のダム

四和ダム – 十和田市最南部を東流する後藤川は、地域住民の命でもある。昔の人はこの川を「宝の川」と言っていた。しかし、この川は時には氾濫し、大洪水となり、生命、財産をも一瞬にして奪い去ることが度度あった。地域 […]
めざすは田園文化都市

田園文化都市 – 昭和46年(1971年)10月に市勢発展の基本構想を制定し、昭和60年(1985年)における発展の三本の柱の一つとして「田園文化学園都市」を掲げている。この理想の姿として、生産のための田園と […]
昔をしのぶ松並木

松並木 – 万延元年(1860年)、開拓状況を視察した盛岡南部40代藩主・利剛が、用水堰に稲生川、奥州街道に渡した橋を稲生橋、さらに新しくできた街を稲生町と命名し た。 その稲生町の開墾に伴い防風雪などのため […]
三木野が原を電車が走る | 十和田観光電鉄株式会社

電車は昭和26年(1951年)6月20日に電化され、十和田市から三沢市まで15kmを25分で運転している。電車開通当時の沿線は広々とした水田地帯であったが、年々住宅、 学校等が沿線に建ち並び、昔の面影を失いつつある。昨年 […]
真登地にのこる一里塚

真登地の一里塚は、十和田市街地から国道4号線を北に4km余りの所にあり「ニモリ」の俗称で親しまれている。規模は、地積 98.91㎡、高さは4mある。この一里塚は、昭和30年(1955年)代に一基を失っている。ここより北の […]
平和の使い 苫米地義三

苫米地義三 – 第2次大戦後、連合国の占領管理下にあった日本は、昭和26年(1951年)9月8日、サンフランシスコ平和条約を締結し、独立と平和を確立した。その時、自由党総裁 吉田総理と共に、民主党最高委員長の […]
ふり仰ぐ八甲田連峰

八甲田連峰 – 八甲田連峰は、八甲田大岳 (1584.6m) を主峰として、前岳、井戸岳、田茂范岳、赤倉岳、石倉岳、小岳、 高田大岳の8つの峰からなり、この外に硫黄岳、雛岳があり実際には十峰である。 いずれの […]