赤沼の森に備中の墓 | 新山神社

十和田かるた 1977

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あ-赤沼の森に備中の墓-十和田かるた1977
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五十音

タイトル

赤沼の森に備中の墓

説明文

備中の墓

赤沼備中は新山神社を勧請し、寺を建て庶民を教化した。 備中の妻は下山の畠山家の出で美人であった。 厩役人備中は、土地の境界について近習頭奥瀬安芸と事を争ったが、藩主晴政公に曲として退けられたため、天文8 年(1539)6 14日の強風下に三戸城に放火し、諏訪平で下斗米昌家に討たれたという。赤沼部落の人々は、今もなお、その徳を慕いその祭を続けている。

所在地

〒034-0071 青森県十和田市赤沼

位置情報

掲載内容は、昭和52年(1977年)当時の内容です。

現在の状況と異なる場合があります。

当時の情景がわかる歴史的資料としてご参考ください。

十和田かるた 1977

昭和52年9月15日発行

推せん団体

十和田市教育委員会

十和田商工会議所

企画・制作

十和田市観光協会